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髭の渡し(ひげのわたし) |
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国道171号線、武庫川あたりは江戸時代(1600〜1867)、西国街道として往来が多く、渡し船で人を運んだ。その近くで長い髭の老人が茶店を営んでいた。それにちなんで「髭の渡し」と呼ばれた。
今は市民のボランティアにより、河川敷に広大なコスモス畑ができて、多くの人が訪れている。 |
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田能遺跡(たのいせき) |
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弥生時代(紀元前300〜200)の集落跡。
昭和40年(1965)水道施設工事中に発見された。
住居跡とともに多くの土器や石器、さらに墓など学術上、貴重な資料が掘り出された。 |
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遊女塚(ゆうじょづか) |
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| 五人の遊女が法然上人の説教で自分の罪深さを知り神崎川に身を投げた。それを哀れんだ人々は、なきがらを川辺に上げて葬った。(1692) |
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雉が坂(きじがさか) |
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| 阪神電車武庫川駅を北へ300m 、羽柴秀吉が中国地方へ征伐の途中、このあたりでキジが一斉に飛び立つのを見て敵の軍勢が潜んでいることを察知した。(1582) |
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近松の里(ちかまつのさと) |
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| JR 尼崎駅の北東、久々知(くくち)一丁目、江戸時代の浄瑠璃作家、近松門左衛門(1653〜1725)ゆかりのゾーン。一帯には廣済寺、近松記念館、近松公園、近松門左衛門の墓が隣接している。 |
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寺町(てらまち) |
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| 阪神電車尼崎駅南西一帯は尼崎市街とガラッと変わって荘厳な雰囲気の大きな寺が並んでいる。元和三年(1617)尼崎城築城に際し、城下町としてのたたづまいを整えるため周辺の寺院をここに集めた。 |